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■「3月1日に生まれて」-2005/03/15
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 3月1日は、「3・1独立宣言」の記念日だ。韓国の新聞やテレビでは、日本帝国支配の36年間と、独立運動の勇士達に関する特集・報道がなされる。ちょうどこの日が、韓国人の夫の誕生日でもあった。

 韓国のある新聞の、ウェブ版・日本語版に、韓国在住の日本女性60人が、小学校を訪問し、日帝当時苦痛を受けたお年寄りたちに「ジョルをしている」と書かれ、大きく写真が出ていた。60人の、日本人顔の女性達が、色とりどりのチマ・チョゴリを着て、地面にひれ伏している姿に圧倒された。

 「ジョル」は、ポーズとしては土下座のポーズに似ているが、韓国では正式な最敬礼として、家族や親戚の間でもするし、結婚式などでも行われる。しかし、ジョルの意味を知らない日本人がこの写真だけを見たら、どう見ても「土下座で謝罪」である。

 写真には、キャプションが一言添えられているだけで、なぜ「小学校」なのか、どういう「お年寄り」たちなのか、60人の女性達は何者なのかは、全く書いていない。「なんかさー、こういう取り上げ方はいやだなぁ」思わず言葉が出た。ジョルをした人たちの内心は分からないし。わかる必要もないらしい。

 ただ写真を見て、一部の韓国人には溜飲の下がる思いがするのだろう。多くの日本人はおそらく、いやなわだかまりを抱え、黙り込むだけだ。そこから何の前進もない。誰に何を伝えたいのか不明な表現ばかりが、日韓の間で、数十年間、不協和音のように飛び交ってきた。戦後を知らない世代の夫は、26歳を迎えた。2児の父。子供に歴史をなんと教えるのかも、そう遠くない将来の宿題だ。

 「日帝時代36年といったら、0歳の赤ん坊が36歳になるまでの期間だよ。一から日本で教育を受けた世代が、成人して、その次の世代も生まれたほどの年月だ。その間に、日本で勉強して、日本人からお金をもらって、植民地の枠組みの中で出世した人たちがいた。

 晴れて日本から独立したけど、アメリカ帰りのイ・スンマン大統領は、周りを見て愕然とした。頭の中に何か入っている人間が、東京帝国大学で勉強したやつらしかいなかったんだ。もしも全員殺したら、国を運営できる人間なんかろくにいやしない。

 結局やっぱりこいつら使うか、となった。日本人と仲良くして、日本人にいっぱい金をもらった人間達が、戦後も国を牛耳った。表向き“親日”はタブーになっても、植民地支配の責任追及を本気では言えないんだ。

 あんまり言うと自分達にまで矛先が向いてくるし、仲いい日本人もいっぱいいるし、でも国民の受けをねらうには、ポーズとしては日本に強く責任追及する必要があった。一方で、植民地時代にひどい目にあって、本気で日本人を恨んでいる人もいた。韓国も一枚岩じゃない。すごく複雑な話なんだ。」

 自分でも目を丸くしながら聞いていた。夫婦の間でさえ、「ぶっちゃけて」話せたことが初めてだった。これまで韓国人の友人は無数にいたが、誰ともそんな話はできなかった。

 「君はこの問題に対して、興味を持ってるし、本も読んでるのに。今まで他の韓国人と何を話していたの?」

 「日帝が悪い・謝れという話か、何もいわないか、どっちかだったよ。それに、韓国人の気分を害することを言ったら、他の日本人から怒られるの。ますます日本人が信用を失うじゃないか、って。だから本音で議論もできない。」

 「それじゃあだめだろう。表向き問題がなくたって、心が通じ合っていなかったら、友達にもなれないよ。」

 「そうね・・・。」

 情けないが、自分でも、自身の思考ストップに気づいていなかった。当たり前のように話題を避けて、ただいい顔をしていた。韓国人・中国人と仲良くしようとする日本人の、一種の知恵かもしれない。その知恵が、逆に壁となっていないか。

 「きのう、祖父が亡くなった。日本に強制連行されたといっていたけど、詳しいことは話してくれないままだった。僕は祖父の代弁者になるつもりもないし、なれもしない。大切なのは、わけわからず謝罪することなんかじゃない。これからの韓国人と日本人が仲良くするために話すことだ。個人の間でタブーなんかなくていい。こうしてもっと、普通に話したほうがいいんだ。」 

 通訳・翻訳は、自分の頭の中にある言葉を使ってしかできない。難しいテーマほど、一から自分の思想をつむぎださなければならない。対話によって、相手との違いに気づき、自分の考えもまとまる。対話を恐れていたら、表現する言葉は永遠に出てこない。

 何十年も、日本人の心の中にくすぶっていた言葉があった。今、いろんな形でいい、それを外に出していくときだと思う。毎年、3月1日、8月15日がやってくる。私たちは1年ずつ年を取り、世界は動いていく。新しい世代が育っていく。立ち止まっている必要はどこにもないのではないか。

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田中 モー子
 http://www.bu-min.com


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